
宗教改革は16世紀にヨーロッパで起こった大きな宗教運動ですが、その中心となった人物は国ごとに異なります。ドイツではルター、スイスではカルヴァンやツヴィングリ、イングランドではヘンリー8世など、それぞれの国の歴史や政治と結びつきながら改革が進んでいったのです。では、宗教改革期に重要な役割を果たした人物を、国ごとにまとめて見ていきましょう。
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宗教改革はドイツ(当時は神聖ローマ帝国)でルターによって始まりました。
宗教改革の発端となった人物で、1517年に「95か条の論題」を発表し、カトリック教会の免罪符の販売を批判しました。「信仰のみ」を重視し、聖書をドイツ語に翻訳したことで、多くの人々が教会を通さずに直接聖書を読めるようになりました。
ルターの協力者であり、ルター派の神学を体系化した人物です。1530年に「アウクスブルク信仰告白」をまとめ、ルター派の教義を整理しました。
スイスではルターとは異なる形の宗教改革が進みました。
チューリッヒの宗教改革の指導者です。聖書のみを信仰の基盤とし、カトリックのミサを廃止しました。ルターとは同じ改革派でしたが、聖餐(パンとワイン)の解釈をめぐって対立しました。
ジュネーヴの宗教改革を主導し、「予定説」を提唱しました。彼の教えはフランスやオランダ、スコットランドにも広がり、後のプロテスタント国家の形成に影響を与えました。
イングランドの宗教改革は、政治的な動機が強かったのが特徴です。
イングランド国教会の創設者で、カトリック教会からの独立を主導しました。離婚問題がきっかけとなり、1534年に「国王至上法」を制定し、ローマ教皇の権威を否定しました。
イングランド国教会の神学者で、「イングランド国教会の祈祷書(The Book of Common Prayer)」を編纂しました。
フランスではユグノーと呼ばれるカルヴァン派のプロテスタントが広まりました。
フランス出身で、スイスのジュネーヴを拠点に改革を推進しました。彼の教えはフランス国内にも広がり、ユグノー戦争(1562 - 1598)の原因となりました。
ジュネーヴでカルヴァンと共に改革を推し進めた人物です。彼の説得によってカルヴァンがジュネーヴで活動するようになりました。
オランダではカルヴァン派が広まり、それが独立運動とも結びつきました。
オランダ独立戦争(八十年戦争)の指導者で、カルヴァン派を支持し、スペイン(カトリック)からの独立を目指しました。
プロテスタントが広がる一方で、カトリックも対抗宗教改革を進めました。
イエズス会の創設者で、教育と宣教活動を通じてカトリックを立て直しました。
カトリック神学者で、プロテスタントの教義に対抗する著作を多く残しました。
国 | 主要人物 | 主な役割 |
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ドイツ | ルター、メランヒトン | 宗教改革を開始し、ルター派を確立 |
スイス | カルヴァン、ツヴィングリ | 改革派教会を形成し、予定説を広める |
イングランド | ヘンリー8世、クランマー | 政治的理由で国教会を設立 |
フランス | カルヴァン、ファレル | ユグノー派を広める |
オランダ | ウィレム1世 | カルヴァン派を支持し、独立運動を推進 |
カトリック | ロヨラ、ベラルミーノ | 対抗宗教改革を進める |
宗教改革は国ごとに異なる人物が主導し、それぞれの政治や社会と密接に関わりながら進んでいきました。ドイツのルター、スイスのカルヴァン、イングランドのヘンリー8世など、それぞれの改革の形が異なり、各地で独自のプロテスタント教会が生まれたのです。
また、カトリック側もロヨラなどが対抗宗教改革を進め、ヨーロッパ全体で宗教的な変化が巻き起こりました。こうしてみると、宗教改革は単なる信仰の問題ではなく、社会や政治にも大きな影響を与えた歴史的な出来事だったといえるでしょう。